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金沢地方裁判所 昭和33年(行)3号 判決

原告 森下留次郎

被告 国

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が別紙目録記載の農地につき昭和三十一年十一月一日なした買収処分の無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

原告は昭和二十二年十月二日別紙目録記載の農地を自作農創設特別措置法第四十一条の規定により被告から金二千六百三十一円四銭で売渡を受け、同二十五年五月十五日金沢地方法務局受付第六千五百十二号をもつてその所有権取得登記をし、右農地を耕作してきた。ところが被告は同三十一年十一月一日農地法第七十二条の規定により右農地を被告において買収する旨の処分をし、同年十二月十七日同法務局受付第一万六千四百十八号をもつて所有権取得登記し、原告の所有権を喪失させた。しかし右処分は次の理由から違法かつ無効である。

(一)  農地法第七十二条第一項各号の買収すべき場合に該当しない。

(二)  農地法第七十二条第一項但書同び同法施行法第十二条により売渡後八年を経過したときは買収できないのに、昭和二十二年十月二日原告に対する売渡から八年を経過した後である同三十一年十一月一日に買収処分している。

(三)  原告は債権者訴外北川定直のため昭和三十一年七月十九日の金銭消費貸借契約による債権額金三十五万円、弁済期昭和三十二年十月三十日、利息年一割八分その支払期日毎月末日、の債権に対し、本件農地につき抵当権を設定し、同三十一年七月二十七日金沢地方法務局受付第九千四百七十四号をもつてその登記をした。

ところで農地法第七十二条第四項、第五十条第二項、第五十一条第二項の規定により、予め抵当権者である北川定直に対し対価供託の要否を申し出るべき旨を通知し、何等の申し出がない場合は対価を供託しなければならないのであるところ、北川定直が何等の申し出もしないのに、被告は対価の供託をしなかつたから同法第五十二条第四項の規定により買収令書の効力はなくなつた。

(四)  しかも、抵当権者北川定直に対する前記通知は適法に行われていない。即ち、同通知書には買収土地所有者の住所氏名、買収土地の所在地番、対価の記載を欠き、かつ指定期日迄に回答のない場合は供託の希望がないものと認め所有者に対価支払の手続をとる旨の違法な記載がある。

よつて本訴に及んだ次第であると陳述し、被告の主張に対し、その主張の買収対価金の受領の事実は認めるが、原告は何気なく受領したものであり、その余の点は否認する、と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人等は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、

原告が自作農創設特別措置法第四十一条の規定により本件農地の売渡を受け、昭和三十一年十一月一日農地法第七十二条の規定により被告において買収処分し、いずれも原告の主張の日及び受付番号で所有権取得登記されたこと、右農地には原告の主張のとおり抵当権設定登記がなされていること、被告は右買収に当り対価の供託をしなかつたこと、買収対価供託要否の通知書には買収の時期以外の記載がないことはこれを認める。

しかし被告のなした右買収処分に違法はない。原告は自作農として自ら農業に精進する見込ある者として昭和二十四年八月一日本件農地の売渡を受けたのであるが、その直後から本件買収処分を受けるまで、指定された用途である自ら開墾耕作することをやめ、訴外小泉茂利の先代亡小泉茂治にこれを耕作させて小作料を徴していたので、被告は農地法第七十二条第一項第三号の規定により買収し、その買収令書を原告に対し昭和三十一年九月二十五日郵便により発送し、翌二十六日に配達された。農地法施行法第十二条の規定によると、自作農創設特別措置法第四十一条の規定により売渡した土地は、売渡の時期から起算して八年の間に買戻をなすことができ、本件農地についてもその売渡は昭和二十四年八月一日であり、その買戻は同三十一年十一月一日であるから八年以内になされた適法なものである。

農地法第七十二条の規定による戻買収は、被買収者の開墾耕作の状態を基にして当否を定めるのであり、原告は本件農地を自作農として農業に精進する見込みある者としてその売渡を受けたのにかかわらず、自ら農地に供することをやめたので同条によつて買収されても已むを得ないものである。

また農地法第五十条第二項の規定は、抵当権者等を保護するために設けられた規定であり、所定の手続を誤り対価を供託することなく直接被買収者に対価の支払をしたため抵当権者等の担保権を侵害することがあつても、被買収者に対する買収の効果の発生に影響はない。買収の効力は定められた買収期日に対価の支払をなすことが条件であり、被買収者に対価の支払があれば買収の効力が生ずる。被買収者は対価供託の瑕疵により権利侵害を受けぬから対価供託についての瑕疵を主張することはできない。本件では昭和三十一年十月二十七日被告から原告に対し対価の支払があつたから買収処分の効力が生じ、原告は対価不供託による権利侵害を受けぬからこれを主張できない。

また買収対価支払手続上の瑕疵はあるが、本件戻買収を無効にしてもとに還すことには実益がなく、かえつて手続上の瑕疵に名を藉り農地法の趣旨に背反する状態を作り出すことになるから買収処分そのものの効果に影響はなく当然無効となるものでない。

と陳述した。

(立証省略)

理由

原告は、別紙目録記載の農地を自作農創設特別措置法第四十一条の規定により被告から売渡を受け、昭和二十五年五月十五日金沢地方法務局受付第六千五百十二号をもつてその旨の登記をしたが、被告は同三十一年十一月一日農地法第七十二条の規定に基いて該農地を買収する旨の処分をし、同年十二月十七日同法務局受付第一万六千四百十八号をもつて所有権取得の登記したこと、右農地については、債権者訴外北川定直のため昭和三十一年七月十九日の金銭消費貸借契約により債権額金三十五万円、弁済期同三十二年十月三十日、利息年一割八分、利息の支払期日毎月末日とする債権に対し抵当権を設定し、同三十一年七月二十七日金沢地方法務局受付第九千四百七十四号をもつてその旨の登記をされたこと、本件買収に当り、被告は原告に対し対価の支払をしたが、訴外北川定直に対する対価の供託をしなかつたこと、同訴外人に対する買収対価供託要否の通知書には買収の時期以外の記載がなされていなかつたこと、は当事者間に争のないところである、

被告は、本件買収は農地法第七十二条第一項第三号の規定によりなしたといい、原告は、同条により買収すべき場合に該当しないと主張する。成立に争のない乙第三号証、同第四号証及び証人小泉茂利の証言を総合すると、本件農地が原告に売渡されたのは昭和二十四年八月一日であるところ、原告はその頃から訴外小泉茂利にこれを耕作させ、自ら開墾耕作することをやめたものであることが認められるから、農地法第七十二条第一項第三号に該当するものとしてなした本件戻買収は違法でない。

原告は、本件買収処分は売渡後八年を経過してなされたものであると主張する。農地法第七十二条第一項但書、同法施行法第十二条によると、農地法第七十二条に基ずく戻買収は、売渡後八年を経過したときはできない旨規定する。しかし本件農地の売渡のあつたのは昭和二十四年八月一日であり、その買収処分は同三十一年十月一日であることは既に認定したところであるから、期間経過の違法はない。

次に原告は、抵当権者訴外北川定直に対する対価の供託がないから、買収令書の効力は生じないと主張する。本件戻買収において、被告は訴外北川定直から対価を供託しないでもよい旨の申出がないのに対価の供託をせず、原告に対し対価の支払をしたものであることは前認定のとおりである。ところで農地法第七十二条第四項で準用する同法第五十条第二項、第五十一条第二項には、買収すべき土地等の上に抵当権等があるときその権利を有する者に対し二十日以内に対価供託の要否を申し出るべき旨を通知し、その者から所定期間内に対価の供託をしないでもよい旨の申出があつたときを除いて、国はその対価を供託しなければならない旨を規定し、更に同法第五十二条第四項には「国が買収令書に記載された買収の期日までに対価の支払又は供託をしないときは、その買収令書は、効力を失う。」と規定する。しかし右条項に「対価の支払又は供託をしないとき」とは、対価の支払「及び」供託をしないときを意味するものと解するのが相当である。なぜならば、抵当権者等に対する対価供託の規定は、これらの権利者を保護するために設けられた規定ではあるが、それは農地法が企図する目的達成に附随する事項であり、同法による土地等の買収又は戻買収は、最終的には被買収者に対する対価の支払によつて効力を生じ、対価不供託の一事をもつて買収又は戻買収を無効ならしめることは本末を誤り同法の目的に反する。しかも対価不供託によつて権利侵害されたとする抵当権者等は国に対する損害賠償請求等の救済手段をもつて十分保護されるし、被買収者は対価不供託によつて直接にも間接にも権利侵害されるものでないから、対価不供託の事由だけで買収又は戻買収を無効とする必要性も認められないからである。されば本件戻買収における対価不供託は、買収令書の効力に影響ないのみならず、原告が対価の支払を受けていながら、対価不供託を理由に買収の効力を争うは条理に反し、結局原告の右主張は排斥を免れない。

更に原告は、訴外北川定直に対する対価供託要否の通知は適法になされていないと主張する。案ずるのに右通知書には(一)買収すべき土地の所有者の氏名又は名称及び住所(二)買収すべき土地の所在、地番、地目及び面積(三)通知が発せらた日から起算して二十日以内に対価の供託の要否を申し出るべき旨(四)その他必要な事項を記載しなければならない(農地法第五十条第二項、同法施行規則第二十八条、第十二条)ところ、成立に争のない甲第三号証によると、右(一)、(二)の要件の記載を欠き、かえつて所定期日までに回答ない場合は供託の希望がないものと認め所有者に対し対価支払の手続をとるから念のため申し添える旨の記載をした不適法な通知が右訴外人になされたものであることが認められる。しかし抵当権者等に対する対価供託に関する手続上の瑕疵は、前段認定したと同様の理由から買収又は戻買収の効力を左右するものでないと解されるから、原告の右通知の不適法を理由とし本件戻買収を無効とする主張は理由がない。

よつて原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のおり判決する。

(裁判官 小山市次 千場義秋 志鷹啓一)

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